ポニーテール、じゃなくてもいいのかもしれない。 電車に座り、目の前に立つ女子中学生の膝頭をぼんやり眺めながら思った。 そうだ、考えてみれば私は昔からポニーテールに固執しすぎていた。 教室ではポニーテールの女の子の背後に回ることだけを考えて歩き、廊下では ポニーテールの子のあとをつけ、いつだってポニーテールを追いかけて、 私は青春を走り抜けた。 …そうこうしているうちに、いつの間にか年を取り、連続的で無為な日々を送るばかり となっている(変えなければ!)。頬杖をついて考える。ポニーテール。我が焔(ほむら)、 我が魂。おお、きっと私の血肉はポニーテールを愛する心で創られているのだ…! だが今ここで、その心を、捨てて、しま、おう。 そう決心すると唐突に胸が空虚感で満たされ、電車の中で私は、 嗚咽(おえつ)交じりに泣いていた。 数年後、私はポニーテールではない妻を娶り、子を持ち、家庭を支えるために日々働いていた。 ポニーテールへの愛情は、もう消えてしまったと思っていた。 しかしあの日。そう、我々の結婚記念日だったあの日。忘れられぬあの日。 私はどうしても外せない仕事が入ったので次の日に必ず一緒に出かけようと約束をして、 会社にいた。急いで終わらせたつもりだったのだが、終わったときはもう外は暗くなっていた。 「早く帰らなくちゃ」 そう呟いて帰ろうとしたとき、突然背後から丸みのある、甘えたような声があった。 「中村さん、こんなのしてみたんですけど、どうですか?」 振り返り、私は自分の目を疑った。なんとその娘は、ポニーテールをしていたのだ…! いつも香水の匂いを振りまくように長い髪をしていた。 私を誘惑し、私はそれを頑なに拒み続けてきた。 なぜ、なぜポニーテール!!私の、私の、あああ、私は片膝をついた。 「ねえ、どうです?」 ポニーテールがゆれた。私は彼女に引き込まれるようにハイハイをしてにじり寄った。 そして彼女の足にしがみつき、オウオウと言ってポニーテールを掴もうとした。 「中村さん、ああかっこいい中村さん」 「好きだあ(ポニーテールが)」 「ああ、嬉しい。ずっと私のもの」 私は彼女のポニーテールをまじまじと見て、触って、至福のときを感じた。 そしてこれを保存しておこう、携帯のカメラで撮ろうと思った。抱きしめながら携帯を開いた。 すると妻と娘の写真があった。 私は彼女から離れて、「(ポニーテールは)好きだが、すまない」といって走り去った。 外は雨が降っていた。涙がぼろぼろ流れた。電車の中では汚れたスーツで顔を拭いて、 それでも涙は止まらなくて、頭を抱え、ポニーテールポニーテールと泣いた。 家の前についたときは、目は赤く膨らんでいた。玄関の前で、ポニーテールを失った悲しみを 再確認し、呆然と立っていた。するとドアがガチャリと開いて、妻が出てきた。 「あら、お帰りなさい。遅かったから心配したのよ」 妻を一目見て、私は彼女を強く強く抱きしめた。そしてまた大声で泣いた。 「どうしたの?何かあったの?」 私は首を横に振って、ただただ妻を抱きしめた。そう、妻は、 ポニーテールをしていたのだ。
題 : ポニーテール物語
作 今日も明日も、くじけたい / 中村